今年度、大同特殊鋼に入社しました、新人のNo.9中田凌河(なかだ りょうが)です。
新型コロナウイルスの影響で我慢することや不安なことがたくさんあるとは思いますが、このような時期だからこそ自分を見つめ直し、目標に向かって1日1日を乗り越えていきましょう!

さて、今回初めての週刊フェニックスということで伊藤選手に続き、私も自己紹介させていただきます!

同期の伊藤選手との一枚

私は、寒ブリ、ホタルイカ、白エビなど海の幸がとても豊富でおいしい富山県氷見市出身です。氷見市は毎年、春の全国中学生ハンドボール選手権(春中)が開催されるなどハンドボールが盛んな地域です。

趣味はホラー映画を観ることです。
最初は苦手だったのですが、意味が分かるととても深い物語などもあってハマっています。(怖くて1人では観られませんが笑)
他には綺麗な景色を観たり、写真を撮ったりすることも好きです。
特に地元の海がとても大好きで、帰った時は必ずといっていいほど立ち寄ります。その景色を観ると、自分の原点を思い出し、今の自分を見つめ直すことができます。
面白いホラー映画や絶景スポットがあれば、ぜひ教えてください!

地元・富山のお気に入りスポット

私がハンドボールを始めたきっかけは、地元で開催されていた春中を友人に誘われて観に行ったことです!ハンドボールの町で育った私ですが、小学校の頃はなんとバレーボールをしていました。県大会で優勝し、全国大会に出場するレベルでしたが、春中でハンドボールに魅了され、ハンドボールってかっこ良いな~!と思った頃にはもうハンドボール部に入部していました笑
こうして氷見南部中学校から高岡向陵高校、日本体育大学とずっとハンドボールをしています。

縁あってハンドボールを始めた中学生の頃から憧れていた大同特殊鋼フェニックスの一員になることができ、とても感動しています!
フェニックスには地引監督をはじめ平子選手、藤江選手、石橋選手、杉本選手、友兼選手、康本選手といった同じ日本体育大学出身の偉大な先輩方がたくさんいるので、これからそんな先輩たちと一緒にハンドボールができることにも感激しています!
私はまだ日本一を経験したことがなく、中学校は3位、高校、大学は2位という結果が最高なので、フェニックスでは絶対日本一を獲ります!

私には好きな言葉があります。

それは「挑戦の先には成功か学びしかない」という言葉です。

これは高校の恩師の大房先生がよく使っていたもので、挑戦することに失敗はなく、挑戦することで学び、気づき、次のステップへ踏み出せるということです。
私自身、コロナウイルスの影響で色々なことが中止や延期になり、目標を見失いかけた時もありました。
しかし、この言葉を思い出し、1度自分の原点を考え、目標を確認し、挑戦する。
そして乗り超えた先には絶対良いことがあると信じて自主練習を継続しています!

早く試合に出て、みなさんに顔と名前を覚えていただけるように日々何事にも挑戦していきたいと思います!応援よろしくお願いします!

応援よろしくお願いします!

みなさん、こんにちは!
今年度から大同特殊鋼フェニックスの一員となった新人のNo.3伊藤聖哉(いとうせいや)です。
世間では新型コロナウイルスのニュースばかりで不安な方も多いと思いますが、私は社会人1年目ということを忘れず、気持ちを新たに全力で毎日を送っています!

伊藤です!(右は同期の中田選手)

さて、今回が初めての週刊フェニックスということで自己紹介をさせていただきます。
私はNo.11平子選手と同じく三重県出身で、菰野町という田舎で高校生まで過ごし、ハンドボールを始めるまでは、陸上競技と日本拳法という武道をやっていました。
趣味は映画鑑賞(洋画メイン)とスポーツ観戦。特技はバドミントンです!
好きな食べ物は基本的に何でも好き(笑)最近は馬肉にハマっているので、新型コロナが落ち着いたら食べにいきたいです。美味しい馬肉料理の店をご存じの方は教えてください!

田舎風景と愛犬

陸上競技をしていた頃はいろんな種目をやっていましたが、特に私は“跳躍”種目が好きだったので、いつも走り幅跳びか走り高跳びの2種目を中心に練習をしていました。
小さい頃から暇さえあれば、跳んで、跳んで、跳びまわっていたおかげで、ハンドボールに必要な跳躍力を得ることができました。
試合では私のジャンプシュートにご注目ください!

次に日本拳法ですが、マイナーでわからない人が多いと思うのでどんな競技なのかを少しだけ説明します。
防具とグローブを着用し、打撃・寝技・投げ技を使って勝敗を決める競技武道です。
全国大会にも出るぐらい本気でやっていたのですが、最終的には硬い柔道着と肌がこすれる感じが嫌すぎてやめました(笑)

そんな私がハンドボールを始めたきっかけは、兄に勝ちたかったからです。
二人とも日本拳法をやっていたのですが、兄が県で1位になったときに私は2位。
団体戦には県で2チームを編成して全国大会へ出場するのですが、その時も兄が1軍で私が2軍。そんな悔しい思いをしているうちに、兄がハンドボールにシフトチェンジしました。
そこで「次は勝つ!」と追いかけて私もハンドボールを始めました(笑)

小・中・高と兄と同じ学校に入ってハンドボールをしましたが、最初は兄に「勝つ」ために始めたハンドボールも、次第に「楽しい」から続けているようなりました。
高校は工業高校だったため、約9割の生徒が卒業後に就職します。
私も就職を真剣に考えた時期もありましたが、好きなこと、楽しいことを追求したいと思い、大学でもハンドボールを続けることにしました。
筑波大学に入った理由はいろいろありますが、一番は日本一を経験したかったからです。
私の予定では2年~4年生で試合に出場し、全日本インカレで3連覇する予定でしたが、現実はそんなに甘くはありませんでした。
これまでの悔しさを糧に、4年生で全日本インカレを優勝し、日本一になれて正直ホッとしました。
決勝戦で同期の中田選手と対戦して、勝ったというのも嬉しさ倍増でした(笑)

同期の中田選手と!

楽しいハンドボールを続けられることに感謝して、フェニックスの勝利に貢献できる選手になります!
そのために、まずは何事にも粉骨砕身の気持ちで頑張りますので、みなさん応援をよろしくお願いします!

応援してください!

みなさん、こんにちは。No.24杉本です。
新型コロナウイルスの感染が世界中で拡大しており、危機的な状況にありますが、フェニックスのメンバーは無事に毎日を過ごせています。
今後も油断せず感染予防に努めていきたいと思います。

さて、今回の週刊フェニックスでは、ある週末の出来事を綴りたいと思います。 
 
私と小澤選手は昨年6月から8月までの2ヶ月間、同じ部署に所属していました。
私が新入社員から4年間過ごした部署に後任として小澤選手が迎えられ、仮配属期間の2ヶ月を同じ部署で過ごした形です。
大同特殊鋼では、新入社員に対して先輩社員がマンツーマンでOJT教育(業務を通した教育)などを行うブラザー制度を実践しており、私が小澤選手のブラザーという関係でした。 
当時を振り返ってみると、朝の通勤から昼休み、夕方のトレーニングまで、ほとんどの行動を共にしていたと思います。

小澤選手オフショット

そんなある休日、ゲストを招いて小澤選手と外食に出掛けようということになりました。
そのゲストとは、以前に同じ部署に所属していた上司で私たちブラザーの親分的な存在の方です。
急なお誘いでしたが、親分は休日のルーティーンである遊技場への出勤後に駆けつけてくれました。
私たちは少しばかり浮かない親分の表情から遊技場での結果を悟りましたが、久しぶりの集合だったので会話は弾み、有意義な時間を過ごすことができました。

食事後の1枚(最近の写真ではありません)

親分は、これまでに私と小澤選手以外にもフェニックスのメンバーを部下に抱えた経験があり、威圧感のある容姿とは裏腹に、シーズン中は試合結果を欠かさずチェックし、メールを送ってくれるマメな一面があります。
今後、私自身が会社でどのようなキャリアを形成していくか分かりませんが、親分のように年齢を問わず、良好な人間関係を築ける上司になれればと思います。

最後に、ハンドボールについて20年度は新人2名が加入し、私自身としては6年目のシーズンを迎えます。 
最近は暗い話題が多く、気持ちも沈んでしまいますが、これまで通りみなさんの前で思い切りハンドボールができる日を待ち侘びてトレーニングに励みたいと思います。
今後も応援よろしくお願いします。

応援よろしくお願いします
順位表
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