藤江 恭輔の記事が16件見つかりました

みなさん、明けましておめでとうございます。No.4藤江です。
2021年も、大同特殊鋼Phenixの応援をよろしくお願いします! 

ここ数日、私の出身地福井県では豪雪に見舞われ、60cmを超える積雪を観測した場所もあるそうです。膝上まで雪が積もると考えると恐ろしいですね。また、最近は愛知県でも尋常じゃない寒さが続いているので、体調管理に気を付けましょう!

さて、2021年最初の週刊フェニックスということで、早速質問コーナーに移りたいと思います。

Q1.ハンドボールをしていなかったら何のスポーツをしていましたか?
A. 小さい頃はハンドボールだけではなく、野球やサッカー、バスケットボールなど、さまざまなスポーツをして遊んでいました。その中でも特に野球にハマっていて、父と2人でよくキャッチボールやノックをしたり、バッティングセンターに行ったりしていました。バッティングセンターでは、永遠に150kmのマシンで打っていたので、今でも少々自信があります!なので、もしハンドボールをやっていなかったら、野球をやっていたかもしれませんね。
ちなみに、野球じゃなくハンドボールを選んだ理由は、「坊主が嫌だったから」なのですが、結局ハンドボールでも高校3年間坊主という……。来世は坊主で野球をやろうと思います!笑

結局坊主の3年間(前列左から3番目)

続きまして、2つ目の質問です。

Q2.出身地のおすすめスポットは?
A. 福井県のおすすめスポットは「東尋坊」です。東尋坊は、辺り一面が高い崖になっており、崖から下の海をのぞくと『火○サスペンス劇場』の曲が頭の中に流れてくるような恐ろしい場所になっています。ここだけ聞くと東尋坊は恐ろしいイメージの場所ですが、天気が良いととても景色が良く、崖に行くまでの通りには出店があり、休日には観光客で賑わっています。
新鮮でおいしい刺身やイカ焼き等をつまみにお酒も飲むことができるし、最近では“映え”ると噂のオシャレなカフェもできたんだとか……。コロナが落ち着いたら、みなさんもぜひ行ってみてください!

絶景スポットの東尋坊

質問コーナーは以上です。
私や福井県について紹介したいことは、まだまだたくさんあり書き切れないです。今後も、機会があれば紹介していきたいと思いますので、今回はこの辺で!

ハンドボール部は、2月のリーグ再開に向けてこれまでの試合で出た課題を修正しています。現在リーグ戦では4位につけていますが、プレーオフ優勝のために、少しでも順位を上げられるように頑張ります!今後とも、応援よろしくお願いします!

応援よろしくお願いします。

みなさん、こんにちは。先週、誕生日を迎えたNo.4の藤江です!
まだまだプレゼント、お祝いメッセージ受け付けております!

新型コロナウィルスによる緊急事態宣言も解除され、少し落ち着いて来たのかなと思いますが、まだ不安定な状態が続いておりますので、今後も気を抜かずしっかりと予防を心掛けていきましょう。

さて、早速【自分の生い立ち】シリーズに入っていきたいと思いますが、過去の週刊フェニックスで小学校編について触れましたので、今回はそれ以外の時期について書いていきたいと思います。

エンジェル藤江(左)。(右は兄です!)

私は母の地元である秋田県で生まれ、その後は福井県で育ちました。
幼少期は基本的に身体を動かすことが大好きだったので、いつも兄の後ろを勝手についていき、兄やその友達と外でサッカーや追いかけっこなど、活発に遊んでいた記憶があります。今思えば、そんな感じで小学校までハンドボールもしながら元気に過ごしたことで、ハンドボールに必要な身体の土台が作れたのかなと思います。

中学校では、私が元々行く予定だった学校にはハンドボール部がなかったので、最初はサッカー部かバスケ部にでも入ろうと考えていましたが、隣町の学校にハンドボール部があるということを知り、光陽中学校に行くことを決めました。3年時には春、夏、JOCと全国大会に3度出場することができましたが、春は池辺選手が所属する茨城県のけやき台中学校にダブルスコアで負け、夏は初戦敗退、JOCも予選リーグ敗退と、何1つ満足のいく結果を残すことができませんでした。

しかし、そうやって全国で色んなチーム、選手と戦えたことや、その中で結果を残せなかった悔しさもあり、もっと上手くなって試合に勝ちたい!という思いが強くなり、必然的に地元にあるハンドボールの名門・北陸高校にいくことを決意しました。
しかし、北陸高校は県外からも多くの選手が来ることもあり、みんなレベルが高く、試合に出してもらっても足を引っ張ってばかりでした。なんとかチームに貢献したいという思いでひたむきにトレーニングに取り組み、高校3年生の時には春の選抜優勝、夏のインターハイ準優勝、秋の国体優勝と、2冠で終えることができました。

高校は3年間坊主でした

北陸高校で結果を残すことができた自分は、よりレベルの高いところにいきたいという思いがさらに強くなり、数多くの日本リーガーを輩出しているハンドボールの名門・日本体育大学に進学しました。日体大は先輩、同期、後輩と本当に上手な選手ばかりで、チームメイトと切磋琢磨しながら自分の技術を磨くことができるとても良い環境でした。2、3年生の時はレギュラーメンバーとしてインカレ連覇に貢献することができましたが、4年生の時は準決勝で敗れてしまい、3年連続優勝を逃してとても悔しい思いをしました。

大学時代(さりげなく石橋選手と2ショットです!)

この無念を晴らすべく実業団でもプレーしたいと思い、小学校時代からの憧れであった末松監督に誘っていただいて大同特殊鋼に入ることができました。末松監督には色々な技術を教えていただき、時には辛いこともありましたが、今の自分に全て活きていると感じています。

こうして振り返ると、まだまだ書き切れないことがたくさんありますが、とても懐かしい気持ちになりました。

今後も初心を思い出して、頑張っていきたいと思います。

現在、フェニックスは練習を再開し、ハードなトレーニングにも取り組んでいます。
もうすぐ7月に入るということで、少しずつ気温が高くなってきましたが、今シーズン1つでも多くのタイトルを獲ることができるよう、しっかり準備をしていきたいと思います。

みなさん、応援よろしくお願いします!

みなさん、こんにちは!No.4藤江です!
愛知県では最近インフルエンザが流行っていますが、みなさんは大丈夫でしょうか。今年も残すところあと3週間!来年は東京オリンピックが開催される記念すべき年なので、怪我なく元気に年を越したいですね。

さて、今回は、みなさんお待ちかね(?)の焼肉部の活動報告です。少し遅くなりましたが、2019年度の新入部員を獲得しました。
今年度の新人もハンドボールだけでなく、焼肉部でもフェニックスになくてはならない存在となっています。今や焼肉部は、スイーツクラブ、都市伝説部(まだあるのかな……。)といった他の番外所属クラブをグングン引き離すほどの超巨大勢力となっています。

そんな焼肉部に勢いをもたらしている新人を、もう鉄板ネタとなってしまったキャッチフレーズと共に紹介します。

「冴えない男と食べるTボーンステーキよりも、俺と食べるタン塩。」

大同のローランド様、康本侃司選手!!

ある日のこと、そわそわとこちらを見ている康本選手がいたのでどうしたのか聞いたところ、どうしても焼肉部に入部したいとのことだったので、さっそく入部試験を兼ねて東江選手、吉田選手、私の4人で焼肉を食べに行くことに……。
入店して早々に、東江選手が面接を始めました。

面接スタート

東江:君にとって、焼肉とは?
康本:人生です。
東江:おもんない。やり直し。
康本:僕にとって焼肉とは、どんなときでも元気をくれて、癒してくれる、まるで家族のような存在です!!
東江:んー、よくわかんないけどまぁ良いか。お腹減ったし合格。早く肉食べようぜ。

そんな、なんともいえない緩い感じで、無事(?)入部することができ、それぞれ好きなお肉を注文して、すぐさまがっつく焼肉部メンバーたち。その中でも康本選手はさすがの食いっぷりで、先輩たちを終始圧倒していました。

やめてといっているのにカメラ目線

そんな新人、康本選手の豪快な食いっぷりを見て、ハンドボールも焼肉部もやってくれるであろうと感じました。私も若手に負けないように、1年目の頃を思い出してがむしゃらに取り組んでいきたいと思います。

これからも焼肉部をよろしくお願いします!

現在、フェニックスは日本リーグを19試合終えて、14勝1分4敗で3位につけています。今後も油断できない厳しい状況が続きますが、まずはプレーオフの出場権を獲るために、チーム一丸となって戦います!みなさん、今後とも応援よろしくお願いします!

順位表
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