友兼 尚也の記事が7件見つかりました

みなさん、こんにちは!No.1友兼尚也です。

4月を迎え、新生活のスタートダッシュはできましたか?私は、業務や私生活を含め、気持ちも新たに晴れ晴れとして4月を迎えられたのではないかと感じています。ハンドボール部もこの4月から新体制となり、私も4年目(中堅にさしかかる時期)です。個人的には昨年以上の結果を残すこと、自分にしかできない役割をまっとうすることでチームに貢献できればと思います。

現在、新型コロナウイルス第4波が全国に拡大しつつあります。コロナが落ち着きそうな時期もあり、以前よりも外出が増えたという方も多いと思いますが、コロナ対策を万全にして行動して欲しいと思います。私は一人ひとりの行動が感染拡大防止につながると感じていますので、みなさんも今一度気を配りながら行動していきましょう!

では私のQ&Aに移らせていただきます。

Q1.自分の出身地のオススメスポットは?
A1.福井県で有名な「足羽川の桜並木」を紹介したいと思います。春といえば桜!花見なんかも楽しみたい時期ですね。やはり桜の有名どころはおさえておきたいと思う人が多いのではないかと思います。ハッキリ言います!福井県の足羽川の桜並木は超オススメです!足羽川の桜並木は「さくら名所100選」にも選ばれるほどの絶景です。足羽川に沿って約2kmにわたり桜並木が続いており、歩道の両側に桜が植えられているので、散歩をすれば桜の下をくぐるような形になり、まさに桜のトンネルを歩いているように感じます。夜にはライトアップされ、さまざまな淡い色彩の光が当たる夜桜は、昼とは違い、幻想的な空間を作り出します。高校時代、桜が満開になると、同級生と部活帰りに花見したいばかりに遠回りし、足羽川沿いを自転車で帰ったのをよく覚えています。コロナが落ち着いた際は、ぜひ花見をしに福井県へ足を運んでいただければと思います。決して後悔はさせないほどの絶景をお見せすることができると思います!

高校時代に撮った足羽川の桜並木

Q2.オフの日はどんな生活を送っていますか?
A2.最近は基本的にダラダラと過ごしていることが多いです。NetflixやYouTubeで好きな動画等を見て過ごしています。コロナが流行していなかった時は美味しいご飯を求め、いろいろなお店に足を運んでいました!愛知県で有名なお店やSNSで人気になっている食べ物で気になる物があれば、休日に友人とお店まで足を運んでいました。愛知県の食を満喫でき、なおかつリフレッシュもできるので有意義なオフを過ごしていたのではないかと思っています。個人的に今食べたい物は「うな辰の上定食」です。うな辰は会社の近くにある鰻屋さんで、お昼時になるとうなぎの美味しそうなにおいがします。うなぎの美味しそうなにおいを嗅ぎながら業務をしているので、とても苦痛です……。もう何ヶ月も食べていないので、久しぶりに食べたいです。
私は愛知県に住んで4年ほどしか経っていません。できれば、みなさんにおいしいお店や料理を紹介していただきたいです。みなさんからのご紹介を楽しみにしていますので、試合会場等でお会いした際に話しかけていただければと思います!

うな辰が恋しいです……。

最後になりますが、現在は新体制で練習を再開しています。今シーズンはより高みを目指し、個々やチームがレベルアップできるように日々の練習を頑張っていきます。今後とも応援よろしくお願いします。

頑張ります!

みなさん、こんにちは。No.1友兼 尚也です。
新型コロナウイルスの第二波は落ち着いてきたようにもみえますが、都市部を始め各地区で現在も感染者が報告されています。Go To トラベル キャンペーンを利用して家族、知人との旅行の際は、感染予防を徹底し、旅行を思う存分楽しみましょう!

さて、今回は「私の生い立ち」についてですが、以前、私の週刊フェニックスで、「私の原点」小学生の時のハンドボール人生について記載しましたので、今回は私の幼少期・高校・大学時の思い出深いことについて書きたいと思います。

私は1995年6月12日に友兼家の次男として生まれました。同じ誕生日の有名人でいうと、元プロ野球選手の松井秀喜選手、ジョージ・H・W・ブッシュ元アメリカ大統領と同じ日です。私は姉、兄よりも生まれた時の体重は重く、4000gありました。お腹の中にいた時は、母のお腹はパンパンで動くのも大変だったそうです。
小さい頃はやんちゃなことを多々していたらしく、幼稚園の先生や親戚など周りの人から口を揃えてやんちゃ坊主と言われていたそうです。親からはよく兄弟と比較され、「あなたは、石橋を叩かず渡るタイプ」と言われ、小さい頃は物事を考えずに行動し、よく失敗していました。

やんちゃ坊主な友兼

小学生の時は、ハンドボール以外の習い事もしており、習字、空手を約3年間習っていました。習字では賞を数回受賞した経験があり、段位は高校生以上から取得できるものなので、小学生の部ではないのですが、小学生の中にも階級があり特八までいきました(特別の特で階級は一~十まであります)。そのおかげか、自分ではある程度字はきれいだと思っています!また、県主催の優秀な成績を残している人が呼ばれる書初め大会に出場したこともあります。
空手では黒帯とまではいきませんでしたが、黒帯の二つ下の帯までは受け取ることができました。空手は、足を蹴り上げたりするので、ハンドボールGKの足上げセービングにも活かされているのかなと思っています。

高校時代は、北陸高校に在籍しており、Phenixメンバーである平子選手、藤江選手、杉本選手と同じ高校に通っていました。北陸高校はスポーツ校としても有名で、ハンドボール以外でも数多くの有名選手を輩出しています。ハンドボールでは先程紹介したPhenixメンバー、バスケットボールでは佐古賢一さん、五十嵐圭さんなどの有名人を輩出しています。また、2017年にプロ野球ドラフト1位指名で読売ジャイアンツに入団した、鍬原拓也さんも在籍していました。鍬原さんは私と同い年で隣のクラスでもありましたので、プチ自慢です。
高校時代の3年間は坊主生活をしており、髪の毛がモサモサな中学時から、一気に坊主にする時は、何度も躊躇したのを今でも覚えています。髪の毛がある状態から坊主にしたことがある方は経験があるかもしれませんが、一度髪型をモヒカンにしてから坊主にしたのを覚えています。
また、大会前には気合を入れるため、部員全員で髪を短くします。(元から坊主なので数ミリしか髪の毛を切りませんが……。笑)気合を入れて大会に臨んだおかげか、全国大会では上位に進出することができました。みなさんも気合を入れる際は、坊主にしてみるのも1つかもしれませんよ!笑

坊主時代

大学は、数多くの日本リーガーを輩出している日本体育大学に進み、4年間ものすごく濃い経験をさせてもらいました。私が下級生の頃から何度か試合に出させていただき、実績を積み、大学2年時には、インカレで優勝することができました。また、最優秀選手にも選ばれ、とてもうれしかったのを覚えています。日体大はインカレで優勝すると、部員全員で「エッサッサ」を披露するのですが、コートの中央でエッサッサを披露するのはとても気持ちよかったです。大学3、4年時は良い成績を残すことができず、悔しい思いをたくさんしました。その悔しさを晴らしたく、実業団でもプレーしたいと考えていたところ、元Phenixの高木さんからお誘いをいただき、Phenixのメンバーになることができました。チームの一員になれただけで満足するのではなく、日本リーグ・プレーオフ優勝に貢献できる一員になれるよう、日々精進していきます。

青いユニフォームを着ているのが友兼です

日本リーグも開幕当初は無観客試合が多かったですが、現在では制限がありながらも観客を動員することができています。ファンの皆様と一緒にハンドボールをできる喜びを感じながら、日本リーグ優勝に向けPhenixらしいハンドボールをしていきたいと思います。
皆様からの温かいご声援よろしくお願いいたします。

みなさん、こんにちは。No.1友兼 尚也です。

最近、新型コロナウイルスの報道をよく耳にしますが、特に人混みの中などに行く際はマスク着用、帰宅後は手洗い・うがいをして感染予防に気を付けてください。

さて、先日、通勤の途中で小学生が友だちと元気いっぱいで楽しそうに学校へ向かっている姿を見かけ、私にもこんな時期があったな~……、と懐かしく感じました。
私も小学生当時は、仲の良い友だちと楽しくハンドボールに打ち込んでいた思い出があり、「初心を忘れてはいけないよ!」という小学生からのメッセージなのでは?!なんて思ったりしています。笑

そこで、今回は私自身の小学生の時代を振り返りながら、私の原点を紹介したいと思います。

初めての週刊フェニックス(No.496 はじめまして!)の時にも紹介しましたが、私は小学3年生の時に友人に誘われてハンドボールを始めました。福井県の安居ブルーサンダーハンドボールスポーツ少年団に所属しており、私はこう見えてもキャプテンを務めていました。(笑)
成績としては、少年団初の全国大会に出場し、4位という成績を収めました。
全国優勝を目指していただけに悔しい結果に終わってしまいましたが、当時を振返ると、全国大会での敗戦の悔しさがあったからこそ、現在もハンドボールを続けているのだと思います。
当時、監督だった松山監督には厳しく指導していただき、ハンドボールを通して礼儀やひたむきに取り組む姿勢など様々なことを学びました。私にとって松山監督は忘れられない指導者の1人です。

ゴールキーパーをしているのが私です!

ちなみに、安居ブルーサンダーはフェニックスファミリーの東海ハンドボールスクールとの交流が多く、練習試合や大同フェニックスカップ(大同特殊鋼が協賛する小学生ハンドボール大会)にも参戦していました。
私が5年生だった頃はNo.15原田選手が東海ハンドボールスクールの中心選手として活躍していて、いつも負けていたのを覚えています。(笑)
今となっては笑い話で、原田選手は良き先輩であり、頼れるチームメイトです!

切磋琢磨しながら頑張っています!

また、私と同じゴールキーパーで、高校、大学の先輩でもあるフェニックスOBの高木尚さんとも大同フェニックスカップでお会いしていて、当時現役だった高木さんに指導していただいたことはとても印象深いです。今でも悩んでいる時は指導していただくなど、私にとって尊敬する先輩です。私も高木さんのように偉大なゴールキーパーになれるよう日々精進していきます!

こうして小学生の頃を思い返してみると、技術面はもちろん、取り組む姿勢など、あの頃の無我夢中でハンドボールに打ち込んでいた日々が、今こうやって活きているんだなと感じます。これからも小学生の頃の気持ちを忘れずに、練習に全力で取組んでいきます!

最後に、昨年7月から始まった日本ハンドボールリーグ・レギュラーシーズンは、残すところ大崎電気との最終戦のみ!というところまできていましたが、新型コロナウイルスの影響によって中止となり、その結果、私たちフェニックスは2位でレギュラーシーズンを終えました。
プレーオフについては、まだどうなるかわかっていませんが、いつでも戦える準備をしておきたいと思います。

みなさん、今後もフェニックスと友兼尚也の応援をよろしくお願いします!!

応援よろしくお願いします
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